夕食の席で、上の子に英語で話しかけました。3歳です。
はっきりした声で、こう返ってきました。
にじパパTRANSMISSION
「日本語で言って」
僕はアメリカで育った日英バイリンガルです。TOEIC990点を2回出しています。プロフィールにもそう書いています。
その僕が、自分の3歳に英語を拒否されました。

しばらく、自分のやり方が悪いのだと思っていました。もっと粘るべきだった。もっと自然にやるべきだった。
でも、あるとき自分の子供時代の「量」を数えてみて、話がまるごと変わりました。
目次
僕がバイリンガルになった「量」を数えてみた
僕の子供時代の言語環境は、こうでした。
- 平日の昼間:現地校。授業が6〜7時間。放課後に友達と過ごす時間まで入れると、1日8〜10時間が英語でした。
- 家:ずっと日本語。両親は日本語で話しました。
- 土曜日:日本語学校(補習校)。日本語を落とさないための場所です。
そしてこれは、小学生のころの話です。僕はそのまま中学・高校・大学と進み、大学院の修士課程を終える24歳まで、アメリカにいました。
つまり、僕にとっての英語は、親が用意したものではありませんでした。
学校が用意したものです。しかも、逃げ場のない形で。英語が分からなければ授業が分からない。英語で話せなければ友達ができない。3歳児が発揮するような「日本語で言って」という拒否権は、あの環境には存在しませんでした。
ここが、この記事でいちばん言いたいところです。
僕の父は、僕をバイリンガルにしていません。構造がやりました。
そして家の日本語のほうは、両親と補習校が二重に支えていました。少数言語(この場合は日本語)を守るには、それくらいの手当てが要ったということです。
うちの3歳が浴びている英語の「量」
いま、うちの上の子の環境は、こうです。
- 平日の昼間:保育園。先生も友達も、朝から夕方までずっと日本語です。
- 家:妻は日本語。僕はというと、英語で話しかけようとして、気づくと日本語に戻っています。多く見積もっても、1日30分あるかどうか。
- 土曜日:英語を支える場所は、ありません。
僕の子供時代と、ちょうど鏡写しになっています。ただし片側だけ、決定的に弱い。
僕の英語は「学校+友達」という逃げ場のない構造から来ていました。うちの子の英語は、父ひとり、非常勤です。
数えてみます。
僕の小学校の6年間だけを取り出すと、1日8時間 × 年180日 × 6年で、およそ8,600時間。中学から先は数えていません。
うちの子は、多めに見て毎日欠かさず30分としても、年間およそ180時間です。
8,600 ÷ 180 で、約47年。
僕が小学校を出るまでに浴びた量に、うちの子がいまのペースで追いつくには、47年かかる計算になります。しかも僕のほうには、そこから大学院を出るまでの12年ぶんが、まだ残っています。
この数字を出したとき、しつけの話をするのは無理があると思いました。
そして、接触量が結果に効くことを示した研究があります。
Hoffらが2012年に発表した研究では、1歳10か月から2歳6か月のスペイン語・英語のバイリンガル児47人と、単言語児56人を比べています。バイリンガル児の中では、語彙と文法のすべての指標が、その言語の相対的な入力量と関係していました。
(この研究には、心強い結果もついています。単言語児と比べると各言語では遅れて見えるのに、2言語を合わせた総語彙では差がなかった。「バイリンガルにすると言葉が遅れる」という話は、この一点だけでもだいぶ様子が違います。ここは長くなるので、また別の記事で。)
もうひとつ、親の「やり方」についての研究があります。
De Houwerが2007年に発表した調査は、ベルギーのオランダ語圏(フランデレン)で、少なくとも片方の親が地域の多数言語以外の言語を話す1,899家庭が対象です。子どもは6〜10歳。結果、子どもは全員が多数言語(オランダ語)を話しましたが、少数言語のほうは全員ではありませんでした。
そして家庭内で誰がどの言語を話すかによって、割合が大きく違いました(論文の表7)。
| 家庭内の言語の配り方 | 少数言語を話す子がいた家庭 |
|---|---|
| 両親とも、少数言語だけ | 96.9%(422家庭中409) |
| 片方は少数言語だけ、もう片方は少数言語+オランダ語 | 93.4%(243中227) |
| 両親とも、少数言語とオランダ語の両方 | 79.2% |
| 片方は少数言語だけ、もう片方はオランダ語だけ(いわゆるOPOL) | 74.2%(198中147) |
| 片方は少数言語+オランダ語、もう片方はオランダ語だけ | 35.7%(353中126) |
De Houwerの結論は、**「一人一言語(OPOL)は、必要条件でも十分条件でもない」**でした。
ただし、この数字の読み方には注意が2つあります。
ひとつ。これは「子どもがペラペラになった割合」ではありません。少なくとも1人の子どもが、家庭で少数言語を話していると親が報告した家庭の割合です。ハードルは「話す」であって、「流暢」ではありません。
ふたつ。これは観察研究です。親のやり方と結果が結びついていた、まではいえますが、親のやり方がその結果を起こしたと証明したわけではありません。
そのうえで、この表を見て、しばらく黙りました。
うちは、いちばん下の行です。僕が英語と日本語の両方を話し、妻は日本語だけ。少数言語(英語)を出せるのは僕ひとりで、その僕も日本語に流れる。35.7%の行です。
3歳の「日本語で言って」は、僕のしつけが甘いから出てきた言葉ではありませんでした。入力量の話です。
「分かる」は「話せる」より安い
ここからが、この記事を書こうと思った理由です。
Thordardottirが2011年に発表した研究は、モントリオールの5歳児を対象に、フランス語と英語の接触量と語彙力の関係を調べたものです。接触量が0%に近い子から100%に近い子まで、幅広く含まれています。
結果、接触量と語彙力には強い関係がありました。ただし、理解語彙と産出語彙で、関係の形が違いました。
両言語に同程度触れていた子どもたちは、理解語彙では単言語児と同等の成績でした。しかし産出語彙で単言語児の水準に並ぶには、それ以上の接触量が必要でした。
つまり、こういうことです。
「分かる」は、「話せる」より少ない量で届きます。
うちの子が使える英語の量は、僕が浴びた量には遠く及びません。その量で「話せる」を目標にするのは、燃料の計算を間違えたロケットのようなものです。飛ばないのは、機体のせいでも、操縦士のせいでもありません。
でも、同じ量で「分かる」なら、射程に入ります。
仮説仕組みからの推測HYPOTHESISInferred from mechanism
ここから先は推測です。Thordardottirの研究はモントリオールの5歳児で、しかも英語とフランス語という近い言語同士の話です。日本語と英語は距離が遠く、日本の家庭環境も違います。「理解のほうが安い」という方向は信じていますが、必要な量が日英で同じだとは、この研究からは言えません。
やってはいけないこと、知っておくこと
- 子どもの返事の言語を、しつけの問題にしない。「英語で言いなさい」と言い直させたくなりますが、それで増えるのは接触量ではなく、その場の緊張です。
- 数字の限界を知っておく。De Houwerの調査はベルギー・オランダ語圏の親への質問紙調査で、対象は6〜10歳。しかも「話すかどうか」の自己申告で、観察研究です。Thordardottirはモントリオールの5歳児、英語とフランス語という近い言語同士。どちらも、名古屋の3歳にそのまま当てはまる保証はありません。
- ことばの発達そのものが心配なときは、健診やかかりつけの小児科へ。この記事は接触量の話であって、発達の評価ではありません。
【僕の結論】目標は「分かる」に下げた。でも本音は書いておく
うちの目標は、「英語を話せるようになる」から「英語が分かるようになる」に変えました。
理由は上に書いたとおりです。使える量で届く場所が、そこだからです。
ただ、正直に書いておきます。
本音では、話せるようになってほしいです。
いまでも、上の子が英語で何か言った日は、こっそり嬉しい。「分かるだけで十分」と書いておきながら、心のどこかで産出を待っています。
たぶん、この2つは両立します。目標は下げる。期待は捨てない。ただし、期待が届かなかったときに子どものせいにも、自分のせいにもしない。算数だったと知っていれば、それができます。
まとめ
英語を拒否されたのは、僕の努力が足りなかったからではなく、時間数が足りなかったからでした。
構造には勝てません。でも、狙う場所は選べます。
なお、あの夕食のあと、僕は英語で話しかけるのをやめていません。返事はいまも日本語です。それでいいことにしました。
参考にした資料
- De Houwer, A. (2007). Parental language input patterns and children's bilingual use. Applied Psycholinguistics, 28(3), 411–424.
- Thordardottir, E. (2011). The relationship between bilingual exposure and vocabulary development. International Journal of Bilingualism, 15(4), 426–445.
- Hoff, E., Core, C., Place, S., Rumiche, R., Señor, M., & Parra, M. (2012). Dual language exposure and early bilingual development. Journal of Child Language, 39(1), 1–27.
